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寺名:清瀧山 大乗瀧寺
  (せいりょうさん だいじょうりゅうじ)
通称:滝寺(たきでら)
宗派:真言律宗 本尊:十一面観世音菩薩

開基

 当寺は、8世紀の初頭、行基菩薩に開かれたとも伝えられていますが、江戸時代に至るまでの歴史は詳しく分かっていません。生駒山系最大の滝を背後にすることから、これまた生駒山系最大の磐(いわくら)宝山寺般若窟がそうであるように、滝と磐を中心とする役行者にかかわる山岳宗教の聖地であったかも知れません。

念仏の寺

 史実が明らかになるのは、寛永年間(17世紀前半)の頃からです。諸国を遊行していた乞食の僧、沙門幽音がこの地に至った頃、本堂の西南に十三重石塔及び経塚があり、大門の跡や、創建当時の規模を忍ばせる坊舎の跡が各所に残っていたといいます。清水の滝(しみずのたき)といわれたこの滝の下に不動尊を刻んだ石がありました。昔、本堂に安置されていたという毘沙門天はすでにありませんでしたが、毎年正月七日には、観音、毘沙門の二枚の牛王(ごおう)が刷られ、村に配られていたそうです。古老の語る寺の由緒を聞いて発起した幽音は、村人の協力を得て、当寺を再興し念仏を興業したと記されています。滝寺は念仏の道場として生き返り、摂州平野の大念仏寺を本山とする融通念仏宗に属していたのです。

宝山寺湛海和尚

 その後、元禄16年(1703)4月、宝山寺開祖湛海律師が初めてこの地を訪れ、観音の霊場にふさわしい勝地であるこの地を大いに賞でて、渓流のほとりに神足石の碑を残しました。この碑は今でも本堂裏の渓流脇の岩に刻まれて残っています。渓流の巨岩に残る足型のくぼみは、その昔、ニニギノミコトが天の舟から降り立った際に足を洗ったときの跡であり、その清流に因んでこの滝を清滝(きよたき)と称するとの由来を記しています。当山の山号を清瀧山(せいりょうざん)というのは、このことによっています。
 湛海律師は、この地を観音の霊場として再営したいと熱望していたところ、時の融通念仏宗第四十六世融観大通和尚はこの望みに応えて、同年12月にこの地を湛海律師に寄付したのでした。まさしく観音様の妙智力の働きというべきでしょうか。

本尊十一面観音菩薩と中興開山光善和尚

光善和尚像
 湛海律師は、当寺再興の時期が到来すれば、その本尊にしようと十一面観音菩薩の立像を自作しておいたのですが、律師の遺志が継がれて、この寺が観音の霊場として再興されたのは、宝山寺第六世光善和尚の時代(1764〜1771)になってからでした。当寺の中興開山を光善和尚とする所以です。本堂に安置されている僧形の座像が光善和尚のお姿であります。宝山寺の住職であった光善和尚は、晩年この寺に隠棲し、ここに没したのですが、以後宝山寺歴代の隠居寺とされ、あるいは、看守護寺という別称に表されているように、病僧の療養所ともされてきたのです。

岡村閑翁と広教学舎

 その昔、東面した本堂の門前を乗馬したままで通り過ぎる者があると、必ず落馬させるという霊験を謳われた厳しさを持った観音様でしたが、憐れんで向きを南に変えられたといいます。観音様の厳しさと優しさ、観音の妙智力は慈悲観音霊場としての滝寺の歴史にもあらわれています。
 明治13年(1880)、当時柳生藩にあって、藩の子弟教育にあたっていた陽明学者岡村達(とおる)閑翁(かんのう)先生が、宝山寺第十四世乗空和尚の屈請を受けて、この地滝寺に移ってこられ、ここに広教学舎が開設されました。閑翁先生は、以後大正8年94歳でこの地に没するまで、約40年間の長きにわたり子弟教育に尽くされました。この間、明治18年には、真言宗中学林が開かれ真言宗末寺の徒弟に対する中等教育を行い、北は奥州秋田、南は九州大分に及ぶ子弟がこの地に集まりました。また、明治23年には、向学の志に燃えながら、家貧しくそれが果たせない青少年のために、全く無償の、その名も慈愍学校と名付く特別な学校まで設けられたのです。明治の中ごろから大正の中ごろにかけて、この滝寺には目的や対象を異にした三種の学校が設けられ、近郷近在はもとより、近畿一円さらには遠く東北九州の子弟にまでその教育を及ぼしたのです。

戦後の大乗滝寺と福祉事業

 太平洋戦争の終結、日本の敗戦はお寺の宗教的な使命にも大きな影響を与えることになりました。戦争で親を失った子どもたちや行く場を失った子どもたちが巷にあふれ、荒廃した街の姿を見て立ち上がったのが、宝山寺住職駒岡乗圓とその弟子、辻村泰圓等真言律宗一門の徒でありました。
 終戦の翌年、昭和21年(1946)には、この滝寺の庫裡に宝山寺愛染寮を開設、恵まれない境遇の子どもたちとともに暮らす児童養護施設が設けられました。愛染寮寮長を命じられた滝寺住職辻村泰圓は、その後、社会福祉法人宝山寺福祉事業団を組織設立、滝寺境内にいこま乳児院、いこま乳児保育園、特別養護老人ホーム梅寿荘などを次々と開設。社会福祉法人宝山寺福祉事業団は、今では、生駒市、奈良市などを中心に、赤ちゃんからお年寄りまで多くの福祉施設と福祉事業を展開していますが、ここ滝寺がその宝山寺福祉事業団の中心となっているのです。


滝寺入口滝寺の福祉事業の発祥、愛染寮。